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明るいだけが、青春なのかな。

 

最近、仲の良い高校生から言われて以来、頭から離れない言葉です。

 

 

確かに青春と云うと、部活や恋愛など、学生生活の中で行われる様々な活動によって充実している学生たちをイメージしませんか。

 

アニメや漫画でも、中学生や高校生が部活や生徒会などに熱を入れているキャラクターが必ず現れ、時に悩みながらも前進していくのが定番の展開ですし、皆さんも若かったころを振り返ると、そんなシーンが頭に浮かんで、自分が青春していたなあと感慨に浸ることもあるのではないでしょうか。

 

しかし、よく思い出してみてください・・・そんなバラ色の生活でしたか?

 

 

確かに部活ではいい汗をかき、異性の話をする度に盛り上がり、気が付けば大騒ぎしすぎて怒られるなんてこともあったでしょうが、部活の人間関係に苦しみ、理不尽に苛立ち、恋愛関係で苦しみ、揉め事になって後悔する事がほとんどじゃなかったでしょうか。

 

 

鬱屈していて、何にも苛立って、悩んで、なんとなく息苦しいのに、それを必死で隠して、そんな葛藤を今まさに味わっている高校生だからこそ、そこを通過した大人にそんな言葉を漏らしたのだろうと思うと、何ともいじらしさを感じます。

 

 

ということで、今回はそんな懐かしい甘やかな痛みを追体験できる、伊瀬勝良原作・天野しゅにんた漫画の『ラストメンヘラー』を紹介します!

 

 

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今回とりあげる作品は?

 

いろは
MOB亭の常連客さんがおすすめや新刊コミックのレビューを紹介してくれるよ。
今回紹介してくれるのはこちらの作品!
すっごくストレートなタイトルだけど、一体どんなストーリーなんだろ?(*’▽’)

 

by カエレバ

あらすじ

 

はい、タイトルの通りです!

 

 

17歳の中原要君は、いつも仲のいい友人3人と平凡な学生生活を送る男子高校生なのですが、そんな彼の放課後には誰にも言えない秘密があるのです。

 

 

放課後、誰も利用していない第一理科室に要君は必ず向かう・・・そこには、自己肯定感を求めてリストカットを続けるクラスメイトの五十嵐すみれとの密会という束の間の温かさが存在しているのです。

 

 

五十嵐さんは手首の傷からクラスでもメンヘラと噂され、自分は情緒不安定な母親と母親の言いなりな父親、自分勝手な妹という壊れた家庭が原因でこころの病気に罹っているという考えが常に頭から離れないという少女。

 

 

要君は、そんな彼女の秘密に触れてしまいますが、偶然にも小学生の頃に手首につけた傷跡を元に、彼女に自分もココロの病気だと嘘を付き、五十嵐さんとの肉体的接触による診察を行うようになります。

 

 

性的な接触による癒しの関係・・・思春期の不安定なココロを安定させる歪な繋がりは、日々小さな変化を生み出していく。

 

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感想(内容編)

 

ごく普通の学校の人が少ない空き教室と、そこで行われる密室での男女の淫靡な世界というコントラストは、様々なアダルトメディアで取り上げられるギャップによるエロスを感じさせます。

 

 

しかし、この漫画においてそこには、淫靡よりも、より濃厚で切実な“生”の取引が繰り広げられており、要君と五十嵐さんは肉体的接触から心を交流させ、互いを理解しようとしています。

 

 

冒頭は、「だれもが理解者を探している」という要君の独白から始まりますが、その言葉通り、五十嵐さんは家にも学校にも居場所がなく、理解者を強く欲しているのですが、同時に自分を理解してくれる人間はいないであろうという気持ちに捕らわれているよく言われるメンヘラ思考の持ち主です。

 

 

実際に漫画の中でも、ネット上で心療内科の情報を交換したメンヘラ女性と実際に会っているシーンで、その女性を「不幸で自分をデコレーションして 悲劇のヒロインを演じている みんなニセモノだ」と心の中で強く非難するなど、自分の心情を理解してくれる人を求めるあまり傷ついている姿が描かれています。

 

 

そんな五十嵐さんにとって第一理科室は、孤独な自分を慰める場として機能していましたが、要君によって、唯一自分を理解してくれる、同じ傷を持った仲間=要に五十嵐すみれの全てを晒すことができる場に姿を変えられていき、急激にそこへ依存していきます。

 

 

一方、要君は第一理科室のことを知るよりも前から、五十嵐さんの持つ他の異性から自分の領域を守っている様子に惹かれ、彼女の内側に侵入できる存在、心の水面を揺らす存在になりたいと望んでいたという描写がなされています。

 

 

前述の冒頭文には続きがあり、「僕は彼女の理解者になりたかった 信じてもらうために騙した」とはっきり書かれています。

 

 

そして、彼は五十嵐さんの第一理科室に幸運にも巡り合い、己の願望のために平凡な価値観を捨て、彼女のいう「ふつうのひと」からの解放、すなはち、古傷を使って作り上げた偽りの中原くんの芝居を始めるのです。

 

 

彼らの関係性等、細かいことは後でまとめますが、読後に浮かんだ最初の思いは、なんてものを漫画にしているんだ・・・この作品は、でした。

 

 

これまでも、思春期の少年少女が葛藤している漫画はたくさん読んできました。

 

 

むしろ私はそういう漫画が大好物で、少年から青年に変わっていく高校生を描いた堀田きいち先生の『君と僕。』や、恋愛と友情と記憶喪失に揺れる高校生を描いた葉月抹茶先生の『1週間フレンズ』、性と恋愛に揺れる爽やかなLGBT漫画『プラナス・ガール』など、ありとあらゆる思春期漫画で身悶えしてきました。

 

 

しかし!この物語の中で描かれた葛藤は今まで読んできた漫画の中で、最も生々しく、恐ろしくリアルな高校生の葛藤なのです。

 

 

なんだかよく分からないって?

 

 

私も混乱していてよく分からんとです!

 

 

とにかく、この漫画では、今まで漫画界で比較的きれいに描かれていたものを、正面ド直球で投げつけているんです。

 

思春期の葛藤はきれいじゃない、もっと“生”や“性”の圧に押し潰されているんだという作者の意気を感じられます。

 

 

要君と五十嵐さんという二人の主人公は、思春期の葛藤をそのままキャラクターに仕立て上げられた結果、実を切実に貪る女と虚を切実に演じる男という対極の存在になったのだろうと感じられました。

 

 

うわぁ、絶対に好き嫌いが割れる作品ですよ、いい意味で。

 

ちなみに、私はこういう作品大好きですよ!

 

 

押見修造の『悪の華』なども、思春期の葛藤をグチャグチャや黒い目に視覚化して描いていましたが、『ラストメンヘラー』は登場人物の言葉と関係性で表現している分、どこまでも登場人物の葛藤が心に響き、ジワジワとボディブローのように効いてきますね。

 

 

感想(考察編)

 

少し大げさに書きましたが、ここからは日常的にメンヘラと接する機会がなぜか多い自分の見解をこの漫画の中心人物である要君と五十嵐さんの関係性と今後に照らし合わせてみたいと思います!

 

あくまでも、個人的見解ですから、今後の展望とは違いますので、誤解のないようお願いします。

 

彼らの関係は単刀直入にありきたりの言葉で表現するならば、“共依存”であり、肉体的接触を手段として用いていますが、友人でも恋人でもありません。

 

本編中でも、要君に好意を寄せる女子の、彼ら二人が水族館に出かけているのを見たという発言を受けて、要君が「僕たちの関係って何だろう 恋人ってことでいいのかな」と聞いても、五十嵐さんは首を縦に振らず、「理解者だけじゃだめ? 恋人なんてただの言葉でしょ」と言い放つシーンがあります。

 

つまり、日ごろ抑圧されて生きている五十嵐さんにとって、要君という存在は肉体的接触による性欲の発散や、恋愛感情の果ての肉体関係を結ぶ存在ではなく、自分のココロを解放できる唯一の媒体=第一理科室と同じ役割を持つ人間という意識なので、依存先以外の何者でもないわけです。

 

だから、要君以外はすべてニセモノと言ってのけたすぐ後、単行本のラストで彼女に好意を寄せている要君の友人の声かけを「芝居でないように感じた」とあっさり思ってしまうんですね。

 

要君についても、前の章で述べた通り、彼女の内側に侵入したいのは、他の人から自分の領域を守っている、距離を置いているから、つまり、“他の異性と違うから”という点に視点中心を置いて物事を考えているに他ならないのです。

 

物語中には、何度も彼の言葉で「ぼくたちのあらゆる物事の中心には異性が位置している」と語られていますが、複数形で語ることで「異性を位置した考え方の自分」を無意識で「ふつうのひと」にまとめているのです。

 

すなはち、要君という存在は、「ふつうのひと」から脱却し自己を明確化するために、五十嵐という特異な存在に依存していると読めます。

 

そして、そのような関係には先はありません。

 

彼らにはきっと終わりがやってきます。

 

共依存という関係は、どちらか一方が他者に依存の対象を移せば、成立しませんし、共依存を織りなす人は固定された人物で安定することは稀です。

 

五十嵐さんがただの言葉だという“恋人”や“友人”に当てはめなければ、安定のための依存が何の枷もない宙ぶらりんの存在へ変貌を遂げてしまうのです。

 

このまま、彼らの関係は、終わってしまうのでしょうか、それとも、新しいあり方に目を向けてくれるのか、次巻が楽しみですね。

 

まとめ(気になった方はこちらも)

 

では、最後にちょっとしたおまけをば。

 

今回、彼らは共依存の媒体として、いわゆるペッティングを用いていますが、これは性的な接触による快感で、安心感を得ることができるボノボという動物の母親依存に近いものであり、不安定な人間によく起こる行動です。

 

ボノボの肉体的接触を人間に投影した描写のある、貴志祐介の小説『新世界より』は今回の作品に近い心情に陥る登場人物がいます。

 

『ラストメンヘラー』の読破後、ぜひ読んでみてください。

 

上・中・下巻となっているので、長いなと思う人はアニメもありますよ。

 

話が逸れたので、最後の総まとめ!

 

ところで、俺の『ラストメンヘラー』を見てくれ。こいつをどう思う?

 

すごく・・・昔の私です・・・

 

では、また次回お会いしましょう!!

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